時間が経つにつれて新しく学んだことを忘れてしまう経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。せっかく学んだことを忘れてしまうのは、とても口惜しい経験ですが、これは人の記憶の仕組み上ある程度は仕方のない現象でもあります。この記事では人の記憶の仕組みや記憶に関する研究から明らかになった、学んだことを忘れないための学習方法「反復学習」について解説していきます。記憶の仕組み | どうして人は忘れるのか良くも悪くも私達は記憶に大きく左右される生き物です。「自分がどういう人間であるのか」も「自分がどういうスキルを持っているのか」も、突き詰めれば「何を、どう記憶しているのか」によって定まります。つまり人間の個性や能力は記憶そのものなのです。では、この記憶は脳の中でどのように作られるのでしょうか。まず、その仕組を簡単に解説したいと思います。記憶の種類記憶は大きく分けると、短期記憶と長期記憶に分けることができます。そして短期記憶は更に即時記憶と作業記憶に、長期記憶は意味記憶とエピソード記憶に、といった具合で更に細かく分けられます。ただ、この細かい分類をいきなり全て理解しようとすると逆に混乱してしまうため、ここでは一番大きな枠組みである短期記憶と長期記憶の2つから、記憶の仕組みの大枠を理解していきましょう。短期記憶とは、例えば電話をかけるためにその瞬間だけ電話番号を記憶することであったり、パーティで出会った人の名前をその場で覚えるといった記憶です。この記憶は定着することはなく、時間が立つと忘れてしまいます。一方長期記憶は、例えば入試のために長期間にわたって知識を記憶しておくことや自転車の乗り方など、一定の期間もしくは永遠に忘れることの無い記憶のことを指します。短期記憶から長期記憶へ知識の定着やスキルの獲得といったことを考えた場合、当たり前ですが学んだことが長期記憶になっていることが重要です。では、この長期記憶はどのように作られるのでしょうか。何か新しいことを学んだ時に、基本的にまず短期記憶として形成されます。(一試行記憶と呼ばれる、いきなり長期記憶が形成される特殊な記憶もあります。)そしてそれが海馬という脳の器官の働きによって、長期記憶として定着していきます。これが短期記憶から長期記憶へと変化する、大まかなプロセスです。やや余談ですが、長期記憶の形成には海馬が必須であることがわかっています。1953年に外科手術で海馬を取り除いた「ヘンリー・モレゾン」という記憶の研究では大変有名な患者がいるのですが、彼は術後に長期記憶を形成することが一切できなくなりました。長期記憶は脳の物理的変化ここからはさらに長期記憶の深堀りをしてみたいと思います。短期記憶から長期記憶に変化する際には、具体的に何が起こっているのでしょうか。それは端的に言えば、脳の物理的な変化です。脳には神経細胞である「ニューロン」が、約1,000億程度あると言われています。それぞれのニューロンは相互にシナプス結合という形で繋がり、ネットワークを形成しています。そして記憶はこのネットワークの中で、長期的に保存されます。(わかりやすさを優先しやや正確性を省いた表現です)つまり長期記憶とは、ニューロン同士がつながること=シナプス結合することによって、形づくられると言えます。このシナプスは状況に応じて結合したり、逆に結合を失うこともあります。これを専門用語でシナプス可塑性と呼びます。可塑性とは物理的に形を変えることができるという意味の言葉で、脳はシナプス結合という形でまさに物理的に中身を変化させることができます。そしてこの変化こそが学習なのです。どうして人は忘れるのか短期記憶の状態では、シナプス結合がそもそも起こっていない、もしくは非常に弱くなっています。一方長期記憶の状態は、このシナプス結合が非常に強固になっています。これをシナプス可塑性という言葉で表現すると解説しましたが、長期記憶が形成されるとシナプスが太くなったり数が増えたりと、文字通り物理的に変化します。そしてここまで書けば分かると思いますが、人が忘れる理由はこのシナプス結合の強弱によります。昨日商談したあの人の名前が思い出せないのも、教科書で読んだあの単語が思い出せないのも、それは全てシナプス結合が起こっていないか、非常に弱いことが原因となります。逆にいつまで経って忘れない過去の思い出や、自分の仕事で発揮しているスキルは、このシナプス結合が非常に強固であるからこそ、忘れずに思い出すことができるのです。そしてここで思い出していただきたいのが、長期記憶が形成されるプロセスです。人はまず短期記憶を形成し、それから海馬の働きによって長期記憶として定着すると解説しました。つまり、忘れてしまうことの大きな原因の一つは、記憶が短期記憶にとどまり長期記憶になっていないことだと考えられます。また、一度長期記憶として形成されても、その記憶が長く使われないとこのシナプス結合は弱くなっていきます。これも忘れてしまう原因の一つとなります。エビングハウスの忘却曲線 | 記憶の定着率を世界で初めて可視化した実験1850年にドイツで生まれた心理学者ヘルマン・エビングハウスは、人間の記憶の定着を可視化するためにある実験をしました。それが後に「エビングハウスの忘却曲線」と呼ばれる、有名な記憶の理論に繋がります。この実験でエビングハウスは意味の無い文字の羅列で単語を作り、それを自分で記憶するということを繰り返しました。この繰り返しの中で、どれくらいの期間その単語の記憶が保持されるのか、何度も何度も自分で試して記録に残しました。少しでも意味のある文字列を用いてしまうと記憶しやすくなってしまうため、純粋に意味のない文字の羅列を作り、覚えることがこの実験のポイントでした。こうすることで、初めて学習したことを人はどれくらい覚えていられるのかについて、とても正確な結果を残すことにエビングハウスは成功しました。それは、たった20分の間に初めて覚えたことの42%を忘れ、さらに1時間後には67%、1日立つと実に74%を忘れてしまうという事実でした。この研究結果から、記憶には短期記憶と長期記憶という2種類あるということが導き出されました。また、エビングハウスの忘却曲線として、現代でも有名な記憶の研究として語り継がれることになりました。反復学習が長期記憶を形作るここまで解説してきた記憶の仕組みと、エビングハウスの研究を簡単に整理します。記憶は短期記憶→長期記憶の順番で形成される長期記憶は脳の物理的変化(シナプス結合)短期記憶は1日立つと7割以上が失われる上記の事実から初めて学習した内容の少なくとも7割は短期記憶止まりで、時間が経つと失われてしまう失われないようにするためには、シナプス結合を強固にすることが必要だと言えます。ではどうすればこのシナプス結合は強固になるのでしょうか。それにはいくつかのやり方が脳科学によって明らかになっているのですが、その中でももっともシンプルなものが「反復学習」です。記憶の筋トレ「反復学習」反復学習とは文字通り、何度も何度も同じことを繰り返し学習することを指します。たったそれだけと思われるかもしれませんが、実際に繰り返し同じことを学ぶとシナプス結合が強まり長期記憶として定着しやすくなります。こうした事実から、私は知識やスキルの習得は筋トレに近いものだと捉えています。筋トレも1度運動すればよいわけでなく、それなりの期間繰り返し続けることで筋肉がついていきます。記憶もそれと全く同じです。1度に大量に詰め込むのではなく、ある程度長期に渡って繰り返し続けることが、長期記憶の形成にとって最も効率がよいやり方だと言えます。効果的な繰り返し「間隔反復学習(スペースドリピテーション)」繰り返し学ぶ反復学習ですが、ただ適当に繰り返すのではなく、あるルールで繰り返すことによって、より効率的に記憶を定着させる方法があります。それが「間隔反復学習(スペースドリピテーション)」です。これは単に反復回数を重ねるのではなく、一定の間隔を開けて反復していく手法です。具体的には学習直後に反復を行い、次に数時間後、数日後と徐々に間隔を開けていくことで、より長期的な記憶定着を図ります。具体的な間隔反復学習の進め方記憶の定着に関しては個人差もあるので、繰り返す間隔に具体的な決まりはないのですが、最も一般的な間隔をご紹介します。まずはこの間隔で試してみて、徐々に自分にとってより良い間隔に調整できるとベストです。■一般的な間隔まず新しい情報を学習する20分程度で1回目の反復1日後に2回目の反復3日後に3回目の反復1週間後に4回目の反復1か月後に5回目の反復最初の間隔は短くても構いません。しかし、あまり反復間隔が空きすぎると逆効果になるので注意が必要です。反復回数を重ねることで、より強固にシナプスが結合され長期記憶として安定するようになります。反復学習の実践例と継続のコツ反復学習の重要性は理解できても、実際に継続して行うのは意外と難しいのも事実です。ここでは、短期と長期の使い分けや、デジタルツールの活用、モチベーション維持のための工夫など、反復学習を実践し続けるためのコツを解説します。短期集中と長期反復の使い分け方短期的な試験対策のような場合は、短期間で集中的に反復する必要があります。一方で資格取得や新しいスキルの習得などの長期的な学習では、徐々に間隔を開けた反復が効果的です。目的に合わせて、短期集中と長期反復を上手く使い分けましょう。試験直前は1日に何度も反復する一方で、長期的なスキル習得では数週間から数ヶ月に1回のペースで反復するなど、柔軟な対応をすることをおすすめします。デジタルツールを活用分散学習を支援してくれるスマホアプリなどデジタルツールの活用も有効です。「reminDO」など反復が必要なタイミングで教えてくれるアプリや、日々の勉強時間を可視化するアプリの「Studyplus」など、スマホで手軽に反復学習を管理できるため非常に便利です。また、語学学習などに限れば英単語アプリの「mikan」や英文法なども学べる「Duolingo」なども分散学習を行いやすい設計になっています。こうしたツールを活用することで、効率的かつ継続しやすい反復学習が実現できるでしょう。%3Cdiv%20class%3D%22iframely-embed%22%3E%3Cdiv%20class%3D%22iframely-responsive%22%20style%3D%22height%3A%20140px%3B%20padding-bottom%3A%200%3B%22%3E%3Ca%20href%3D%22https%3A%2F%2Fremindo.co%2F%22%20data-iframely-url%3D%22%2F%2Fiframely.net%2Fj4ygVRH%22%3E%3C%2Fa%3E%3C%2Fdiv%3E%3C%2Fdiv%3E%3Cscript%20async%20src%3D%22%2F%2Fiframely.net%2Fembed.js%22%3E%3C%2Fscript%3E%3Cdiv%20class%3D%22iframely-embed%22%3E%3Cdiv%20class%3D%22iframely-responsive%22%20style%3D%22height%3A%20140px%3B%20padding-bottom%3A%200%3B%22%3E%3Ca%20href%3D%22https%3A%2F%2Fwww.studyplus.jp%2F%22%20data-iframely-url%3D%22%2F%2Fiframely.net%2FvKeWpJL%3Fcard%3Dsmall%22%3E%3C%2Fa%3E%3C%2Fdiv%3E%3C%2Fdiv%3E%3Cscript%20async%20src%3D%22%2F%2Fiframely.net%2Fembed.js%22%3E%3C%2Fscript%3E%3Cdiv%20class%3D%22iframely-embed%22%3E%3Cdiv%20class%3D%22iframely-responsive%22%20style%3D%22height%3A%20140px%3B%20padding-bottom%3A%200%3B%22%3E%3Ca%20href%3D%22https%3A%2F%2Fmikan.link%2F%22%20data-iframely-url%3D%22%2F%2Fiframely.net%2Fuo6bQ0G%3Fcard%3Dsmall%22%3E%3C%2Fa%3E%3C%2Fdiv%3E%3C%2Fdiv%3E%3Cscript%20async%20src%3D%22%2F%2Fiframely.net%2Fembed.js%22%3E%3C%2Fscript%3E%3Cdiv%20class%3D%22iframely-embed%22%3E%3Cdiv%20class%3D%22iframely-responsive%22%20style%3D%22height%3A%20140px%3B%20padding-bottom%3A%200%3B%22%3E%3Ca%20href%3D%22https%3A%2F%2Fja.duolingo.com%2F%22%20data-iframely-url%3D%22%2F%2Fiframely.net%2Fj8fwbYk%3Fcard%3Dsmall%22%3E%3C%2Fa%3E%3C%2Fdiv%3E%3C%2Fdiv%3E%3Cscript%20async%20src%3D%22%2F%2Fiframely.net%2Fembed.js%22%3E%3C%2Fscript%3Eモチベーション維持のための工夫長期的な反復学習を続けるには、モチベーションを保つことも重要です。そのためのコツをいくつかご紹介します。■目標を設定する 自分にとって達成する意味がある目標を設定することで、モチベーションを保ちやすくなります。当然これだけで維持するのは難しいですが、モチベーションのベースにはなるので、まず目標を設定することをオススメします。■習慣化してしまう反復学習は始めのうちはとても苦しいです。なぜなら一度やったことを繰り返すため、中々前に進まない感覚に陥りがちだからです。そのため特に初期は習慣化してしまうことが継続の鍵になります。■周囲へ宣言する毎日反復することを周囲に宣言することも有効です。一度言ってしまった手前やらざる得ない状況に追い込むことで、特につまづきやすい初期の継続を大いに手助けしてくれます。このように、さまざまな工夫を取り入れることで、反復学習へのモチベーションを維持し、継続できるはずです。自分に合ったやり方を見つけて実践してみましょう。3ヶ月で3,000語の英単語を覚えた受験時代最後に反復学習の威力を肌を持って知った、私自身の大学受験のエピソードをご紹介します。高校生の当時、英語が大の苦手だった私は、大学受験を控えた高校3年生の春にあまりの英語の出来なさに絶望します。恥ずかしいことに中学生レベルの単語や文法もままならず、これでは到底受験など無理という状況でした。そこで当時私がやったのが、3日間同じ単語や文法を「とにかく繰り返し覚える」勉強法です。毎日違う単語や文法を学ぶのではなく、同じ単語や文法を3日間覚えきるまでしつこく繰り返しました。そしてまた次の3日で違う単語や文法を繰り返す、これを続けたのです。加えて7日前に覚えた内容を再度思い出す、1ヶ月前に覚えた内容を再度思い出す、ということをやり続けました。結果として、3ヶ月ほどで3000語ほどの単語を丸暗記し、英文法の基礎もある程度身につけることができました。春に40ぐらいだった英語の偏差値が60ぐらいまでグッと伸びた瞬間は、本当に気持ち良かったことを今でも覚えています。当時はまだ「反復学習」という言葉は知らず、これではどこにも受からないという必死さからなんとか編み出した勉強法だったのですが、びっくりするほど上手くいったことに鼻高々だったことを今でもよく覚えています。(傲慢になりすぎてしまった結果、第一志望には落ちてしまいましたが…)これは当然「反復学習」の凄さではあるのですが、今思うと上手くいった理由がもう一つあると考えています。それは「自分の記憶力を信じない」マインドセットです。当時私は自分の記憶力に全く自信がありませんでした。自分は絶対に1日10個という単位ではものを覚えることができない、だから最低3日は繰り返すしかない。そんなことをずっと考えていました。自分の記憶力を信じていないからこそ、3日では不安で7日後、1ヶ月後に再度確認するという行動に繋がり、それが大きな学習効果につながったのではないかと考えています。少しでも記憶力に不安のある方はぜひ、「自分の記憶力を信じない」を騙されたと思って実践してみてください。反復することへの抵抗を和らげ、また反復学習のモチベーションの維持にも繋がるはずです。終わりに今回は人の記憶の仕組みと忘れないための学び方「反復学習」について解説しました。脳科学の進歩によって、記憶やスキル習得の仕組みについて多くのことが明らかになっています。今自分が正しいと思っている学び方は実は効果がない可能性も大いに有り得るので、ぜひ定期的に新しい情報を収集し、実践するように心がけてみてください。