社内の研修が「仕方なく受けるもの」になってしまって誰も意欲的に参加しない...社会人の学び直しが注目される中で、社内研修の重要性がこれまで以上に高まっています。しかし、社内研修は会社に言われて学ぶという性質のものであるため、中々意欲的に社員が学んでくれない、という課題から逃れることができません。今回の記事ではこうした課題を解決する一つの手段として、受講生の学習意欲を向上させるための研修設計の理論である「ARCSモデル」をご紹介します。ARCSモデルとはARCSモデルは、米国のフロリダ州立大学教授であるジョン・M・ケラーによって提唱された、学習意欲をデザインするための理論です。ARCSとは、Attention(注意)、Relevance(関連性)、Confidence(自信)、Satisfaction(満足感)の頭文字を取ったもので、この4要素の観点から動機付けを行うことをARCSモデルでは提唱しています。ケラーは「大学生が講義にやる気を出さない理由」を解き明かすために、様々なデータと実例を紐解きながらこのARCSモデルを完成させました。ケラー自身が心理学者でもあり、心理学をベースにデータを用いた緻密な研究がされていることから実用性が高く教育現場から高い評価を得る理論となっています。詳細はこのあとご紹介しますが、実際に講師として研修現場に立っている身からしても、このARCSモデルの有用性には目をみはるものがあります。なんとなく今日の研修がうまくいかなかったな、と感じる時はこのARCSモデルで振り返ってみると大体どれかが欠けているケースがとても多いのです。ARCSモデルの4要素Attention | 受講者の注意を引き付け、学習に集中させる延々と教授が話続ける大学の講義を思い出してみてください。それはひどく退屈で眠気を誘うものではなかったでしょうか。こうした受講者の注意を引き付ける工夫が一切されていない授業は、受講者の意欲を著しく削いでしまいます。ARCSモデルではそうした事態を避けるため、受講者の注意を適切に惹きつける手法を研修内に取り入れることを提唱しています。具体的には以下の3つの観点を意識すると、受講者の興味を引きつけられるとされています。知覚的喚起:心を動かす探究心の喚起:好奇心を引き出す変化性:マンネリ化させない知覚的喚起:心を動かす研修内容に対してそもそもネガティブなイメージを持ってしまっていると、それがどれだけ素晴らしい内容でも人は中々意欲的に取り組んでくれません。意欲的に取り組んでもらうためには、これは自分自身に何かポジティブな変化をもたらすものである、というポジティブなイメージを研修前はもちろん研修中も持ってもらう必要があります。研修を周知する前はどんな受講生も研修に対するなんのイメージも持っていないまっさらの状態です。その状態からポジティブなイメージを持ってもらう=心の変化をもたらす工夫が必要になります。ファーストインプレッションが重要な領域でもあるため、特に研修の案内資料や研修の冒頭で心を動かす工夫を取り入れるようにするとうまくいく確率が上がります。具体的には以下のような手法が有効です。視覚的に魅力的な教材を用いる人は同じ内容でも視覚的に優れたものを良いものと判断する認知的なバイアスを持っています(美的ユーザビリティ効果)。そのため視覚的に優れた教材はポジティブなイメージを持つ可能性が高まります。受講者の興味や関心に合わせた話題を取り上げる講師として活動していて、体感ですが最も効果の高い方法です。講義の冒頭に受講者の業界や仕事とこれから学ぶことの関連性の話をするだけでも受講態度が大きく変わります。新奇性のある教材や提示方法を用いる(ややハードルが高い)これまで見たことの無いような新しい教材やAIなど新奇性のある話題を取り入れることができれば、受講者は興味を持ってくれやすいですが、作るコストや必ずしもそうした内容を学ぶわけではないので可能な時に試してみるというのがオススメです。探究心の喚起:好奇心を引き出す一見真面目に研修を受けていても、知識をただ受け身でインプットするだけでは学習意欲が高まらず「受けただけ」の研修になりがちです。受講者が自分で学習内容に興味や疑問を持ち、主体的に聴く姿勢を持つことで研修の効果は飛躍的に高まります。そのためには主に研修内で受講者の興味を引き出す工夫を取り入れる必要があります。具体的には以下のような手法が効果的です。疑問文を投げかけるただ正しい知識を一方的に伝えるのではなく、「なぜこうなると思いますか?」など疑問文で投げかけることで受講者が自身で考える=興味を持つきっかけになります。既存の知識を切り崩す受講者が当たり前だと思っている事実に対して、実はこういう見方、考え方があるという新しい視点をもたらすことで受講者にハッとさせ興味をもたらすことができます。エピソードを語る表面的な知識にとどまらず、その知識にまつわるエピソードを語ることで、知識の奥行きが深まり受講者が自然と興味を持つようになります。個人的にはこの方法が最もオススメです。変化性:マンネリ化させない単調に延々と続く講義は人の興味を削ぎ、学習意欲を低下させてしまいます。人の集中力の研究では、最も質の高い集中は15分程度しか持たないとも言われています。つまりそれ以上の時間同じこと(例えば説明だけなど)をしていても、効果が薄れていってしまいます。そのため、短いスパンで変化をもたらす工夫をする必要があります。具体的には以下のような手法が効果的です。細かくグループやペアワークを取り入れる研修の内容を細かいセクションに区切って、その区切りでグループやペアワークを取りれると集中力が低下しづらくまた学習意欲も高まりやすくなります。このワークはこれまでの話の内容を振り返りましょう、など簡単かつ短い(3分など)で十分効果が期待できます。疑問を投げかけ考える時間を作る疑問を投げかけることは好奇心の章でも取り上げましたが、変化という観点からも有効です。また、個人で考える時間をあわせて作ることで、聴くモードから考えるモードに自然と変化するため、マンネリ化を避けることができます。適度な休憩を挟む研修というとどうしてもコンテンツを詰め込みたくなってしまいがちですが、長くなればなるほど受講生がつかれてきて研修の質が下がりがちです。そのため適度な休憩を挟むように心がけるとメリハリがついて、意欲を保ちやすくなります。Relevance | 学習内容と受講者のニーズを関連付けるどれだけ素晴らしい内容の研修でも、日々の自分の業務や求められている成果とは関係のない内容であれば、意欲的に学ぶことは難しくなります。特に社内研修では普段の業務を止めて参加しているため、こんな時間があるなら仕事をしたいという気持ちが生じ、意欲的な学びのブレーキになりがちです。こうした事態を避けるをためにARCSモデルでは、学習内容と受講者のニーズをあわせることを提唱しています。具体的には以下の3つの観点を意識すると、学習内容と受講者のニーズを合わせることができるとされています。親しみやすさ:知識のつながりを示す目的指向性:研修を受ける目的を明確にする動機との一致:受講者の主体性を活かす親しみやすさ:知識のつながりを示すいきなり新しいことを学び始めても、どうして自分がこれを学ぶ必要があるのかわからなければ真剣に学びに取り組むことができません。受講者自身が自分で学ぶ意義を汲み取ってくれるケースもありますが、すべての受講者がそれを行ってくれるとは限りません。そのため、研修の中で受講者が日々取り組んでいる業務や抱えている課題と、これから学ぶ知識がどうつながっているのかを示してあげる必要があります。実際の研修でもつながりを示すことで、学習内容に意義を見出し意欲的に取り組んでくれるようになるケースがとても多いです。具体的には以下のような手法が効果的です。例で示すこれから学ぶ内容と業務がどうつながっているのか、具体例を用いながら説明することで受講者がつながりイメージしやすくなるためとても有効です。つながり自分の言葉で説明してもらう講師側から説明するだけではなく、受講生につながりを考えてもらうこともとても有効です。研修の企画側は教えてあげなきゃというマインドになりがちですが、受講生の考える力に委ねることも時にとても重要です。目的指向性:研修を受ける目的を明確にするどうしてこの研修を受ける必要があるのか、そしてこの研修を受けることで何ができるようになるのか、この2点が曖昧なままだと受講生が研修の場にいる意義を見失ってしまいます。結果として仕事に早く戻りたい、としか思わない意味のない研修になってしまいます。これを避けるためには、シンプルですが研修を受ける目的と受けた結果どうなるのか、の2点に関しては研修の冒頭で常に明確に伝えるようにする必要があります。伝える際の注意点として「〇〇ができないからできるようにします」といった、マイナスをプラスにするという伝え方は避けるようにしてください。今の現状がマイナスであると言っているのと等しく、たとえそれが事実だったとしても意欲を削ぐ結果に繋がります。受講した結果もっとこういうことができるようになる、成果がより出るようになる、などポジティブな未来を伝えてあげるようにすると、受講生自身がワクワクし意欲的に研修をうけてくれるようになります。動機との一致:受講者の主体性を活かすせっかく受講生が目的に共感しやる気になってくれても、研修の内容がすべてを手取り足取り指示し、受講生の主体性を活かす場がないと結果として意欲を削ぐことになってしまいます。特に社内研修は大人相手の研修であり、一人ひとりにしっかりとした考えがあります。その主体性を否定してしまうことは学びの質という観点からはマイナスの影響しかありません。そのため受講生が自分で考え主体的に学びに取り組めるような「スペース」を研修内に設けるように意識することが大切です。具体的には以下のような手法が効果的です。ワークは自分のやり方で取り組める設計にする研修内でのワークは手順を指示する形ではなく、自分なりのやり方で取り組めるオープンワークにすると受講生が主体的に取り組みやすくなります。ただ、あまりにもオープンだと今度はどのように取り組めば良いか悩む形になってしまうので、バランスは意識してください。FBやアドバイスは最小限にワーク中のアドバイスやFBが多すぎると受講生の主体性を妨げる結果につながってしまいます。じっと見守り、本当に必要なタイミングだけに絞るようにしましょう。Confidence | 受講者に自分にもできるという自信を与える研修に意欲的に取り組んだ結果として、難しすぎて自分にはどうもできそうにない、こんな思いを抱かせてしまうとせっかくの意欲も萎んてしまいます。しっかり学べば自分にもできる、そうした希望がなければ学ぶこと自体が辛くなってしまうのは当然です。そのため、研修内で適度に受講生に自信を持ってもらう工夫をする必要があります。根拠のある自信は学びの質を高めるのはもちろん、仕事にもポジティブな影響を与えます。具体的には以下の3つの観点を意識すると、受講者に自信を持たせることができるとされています。学習欲求:到達可能な明確な目標を示す成功の機会:成功体験を積んでもらうコントロールの個人化:成功が自分の努力によるものだと認識してもらう学習欲求:到達可能な明確な目標を示す何をやるのかが明確でなければそもそも「自分にもできそう」という自信を持ってもらうことは難しくなります。そのため、何をやるのか目標と現在の自分のGapを明確に示してあげることが重要です。目標と現状のギャップが明らかになることで、やるべきことが明確になり、その上で自分にもできそうという判断ができるようになります。ただギャップがあまりにも大きすぎると逆効果になりかねないので、目標の設定は慎重に行うようにしてください。成功の機会:成功体験を積んでもらう学んでも学んでも何も上手くいかない、という状態だと意欲が続かなくなってしまいます。特に日本人は真面目な性格の方が多く、自分なんてまだまだという低めな自己評価をしがちです。それは美徳でもありますが、意欲的に学び続けるという観点からはマイナスのこともあります。自分ができるようになったこと、成功体験にもしっかり目を向けるようにしましょう。具体的には以下のような手法が効果的です。スモールステップのワークを用意するいきなり難しいワークに取り組むのではなく、スモールステップでできることが増えていくワーク設計をするように心がけてください。難しい課題をあえて解かせるという手法もありますが、すべてがそれだと自己評価が低いまま学びを辞めてしまう原因にもなります。他者との比較ではなく、過去の自分との比較を促すどうしても周りの受講生と自分を比較しがちですが、意欲を維持するという観点ではマイナス面が大きいです。そうではなく、過去の自分と比較してもらうことで、何ができるようになったかという点にフォーカスされ、意欲が上向きやすくなります。最後に総仕上げのワークを用意する細かいステップのワークだけだと、それをちゃんと使えるようになったのか実感が湧きづらくなります。そのため研修の最後に総合演習という形で総仕上げのワークを用意するようにしてみてください。そのワークを解くことで自分の成長を感じ、意欲が高まります。コントロールの個人化:成功が自分の努力によるものだと認識してもらう研修内のワークや総仕上げで上手に学びを活かせた結果が、自分の努力によるものではないと過度に自己評価を下げてしまうと学びへの意欲が下がってしまいます。自分の努力はしっかりと認め、その上で結果を堂々と自分のものにする体験が、学びへの意欲を高めより積極的に学ぶように受講者を促します。研修の中では具体的に以下の手法が効果的です。思いつきで結果が決まるのではなく、学んだ内容が結果に結びつくワークを設計するアイデアや思いつき次第で評価が決まるようなワークではなく、学んだことをしっかりと活かすと成果に結びつくワークを設計するようにしてください。そうしないと学んだ内容に意味を見いだせずただ自信を失う最悪の結果につながりかねません。受講生を責めるようなコメントは避ける上手くいかなかったケースで受講生の努力を責めるようなコメントをするのは、たとえ叱咤の意味があってもマイナス面が大きいため避けるようにしてください。努力を否定されることで学びに対する意欲が折れてしまうケースはとても多いです。努力の結果を感じられる評価を与える受講生が努力の結果を具体的な形で感じられるような評価の仕組みを設計することも重要です。たとえば最終プレゼンや終了テストなど、何かしらの形で努力を可視化し評価してもらうことで受講生は初めて自分の努力に自信を持つことができるようになります。Satisfaction | 受講者にやってよかったという満足感を与えるこんな研修受ける意味ないなぁ、と受講者が感じている状態ではとても意欲的に学ぶことなどできません。この研修は受ける価値があり受けて本当に良かったという満足感を研修中、研修後に感じてもらい続けることで意欲が高まり学びの質が向上します。受講者に満足感を持ってもらうためには、具体的に以下の3つの観点を意識することをARCSモデルでは提唱しています。自然な結果:身についていることを実感させる肯定的な結果:結果を褒める公平さ:評価が公平であることを感じてもらう自然な結果:身についていることを実感させる学んだことが身についている実感がないと、これまでの努力に懐疑的になり意欲が下がる結果になってしまいます。そのため、学んだことがしっかりと身につき使えるようになっていることを、自然に実感できるような工夫をすることが重要です。具体的には以下のような手法が効果的です。身につけたことを使うチャンスを作る研修内のワークなどで身につけたことを使うチャンスを複数回設定するようにすると、できるようになる感覚を味わいやすく、学習意欲につながっていきます。応用問題に挑戦させる簡単なワークだけだと、誰でもできるという感覚から身についた実感を得づらくなってしまいます。そのため、少しむずかしめな応用を問題に取り組んでもらうことで、成長を実感する機会を作るように設計しましょう。肯定的な結果:結果を褒める成長の実感は周囲からの評価が共なうことで、より強く感じることができるようになります。そのため研修中や後にできるようになったことを積極的に褒めるなど、ポジティブなフィードバックが意欲の向上のためにはとても重要です。「ここが良くできていましたね」など簡単な褒め言葉でも、あるだけで受講者の表情が明るくそして前向きに取り組んでくれるようになる効果があります。ぜひ積極的に褒めるようにしてみてください。また、褒める際は誰かと比較してではなくて、あくまでその人の成果物の何が良かったのかだけに絞って褒めることをオススメします。比較するというマインドセットだと、上手くいかない時に学習意欲が著しく低下するなど、マイナスの効果が大きいためです。もしどうしても比較が必要な場合は過去の自分と比較するように促してみてください。できるようになったことにフォーカスしやすく、意欲が高まる効果があります。公平さ:評価が公平であることを感じてもらう厳しくするあまり不当に難しい問題を受講者に解かせたり、一部の受講者に対してばかりポジティブなコメントをするなどの状況は受講者のやる気にとってマイナスになる可能性が高いです。学習環境が自身を正当に扱ってくれないと受講者が感じた瞬間、意欲は削がれますし、なにより講師との信頼関係が築けなくなってしまいます。こうなってしまうと学習意欲以前に真面目に学ぶことすら止めてしまう恐れがあるため、特に注意するようにしましょう。まとめ今回は中々やる気を出してもらいづらい社内研修において、どのように意欲を高めるのかについてARCSモデルを用いて解説しました。質の高い研修は社員を飛躍的に成長させるチャンスでもあります。ぜひこのARCSモデルを参考により良い研修を企画してみてください。